ピンクとキラキラ

こんにちは、25歳女が日々思うことなどを書きます。

カメムシの話※虫が苦手な方は読まないほうがいいと思います

今年の夏は、虫を殺すことが多い。

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まず、これまでは都内に住んでいたし。

部屋を換気しても網戸は必ず締めていたし。

外に出て虫が気になるのなんて、奥多摩にキャンプに行った時くらいだった。

 

けど今年は違う。

実家の夏は虫との戦いだ。

裏の杉林からは、蚊を始め、亀虫、てんとう虫、アブ、蜂などの虫がビュンビュン飛んでくる。

おまけに田舎の家というのはどうも、窓を開け放つ習慣が抜けないらしい。

網戸を締めることは少なく、家への虫の侵入はめっちゃ容易い。

刺されたらどうするんだ、蚊ならまだしも、蜂もいるのに。

と言うと、じいちゃんに、俺はスズメバチに三回刺されても死んでないから大丈夫、と言われるので話にならない。

 

あと、わたしは虫の羽の音が嫌いで(ブーン、という音)、普段はこころ穏やかな私も、虫の羽の音を聞くやいなやイライラメーターが振り切れてしまう。

 

特に嫌なのが亀虫だ。

都会で見る亀虫とは丈夫さが違う。ちょっとサイズも大きめだ。

亀虫が嫌なのは、ひとえにその警戒臭的なものを発するところだ。

亀虫のにおいを嗅いだことがない人は、そんなに?と思うかもしれないが、これは本当にえづくほど強烈だ。

中途半端に、殺虫剤をかけて半殺しにしたり、叩き殺してしまった暁には、その現場からは、耐えられないほど強烈な匂いが、少なくとも12時間は消えない。

 

亀虫に関していえば、思い出したくない思い出が一つあって、あえて書くと、

高校生の頃、秋くらいからよく黒いタイツを履いていた。その日も、洗濯から帰ってきたばかりのタイツを履いて、塾の自習室へ出かけた。

ちょっとつま先がチクチクするなぁ、と一瞬思ったかもしれないけれど、そんなことはすぐ忘れて、勉強をしていた。

ふと、トイレに行きたくなり、椅子から立ち上がった瞬間、足の指の中腹?あたりでなにかをブチッと潰した感触があった。

何かゴミでも入っていたのかな、もしかしたら虫?と思い、急いでトイレに向かいタイツを脱いだ。

その瞬間、トイレの個室内に強烈な匂いが充満した。(カメムシの匂いは、知覚されるまでタイムラグがある)

亀虫をタイツの中で潰してしまっていたのだった。

高校生の私は、素足でカメムシを潰してしまったことのショックをとりあえず置いておいて、テキパキと行動した。

素早くトイレットペーパーを大量に巻き取り、潰れた亀虫を厳重にぐるぐる巻きにし、さらに汚物用に掃除倉庫にあった小さいポリ袋に入れてゴミ箱に捨てた。

自分の足も、恥を捨てて(トイレには誰もいなかった)洗面台に足をのっけてジャバジャバ洗った。

ジャバジャバ洗っている時に、自分の足からカメムシの匂いがすることへの悲しさと、これまで気づかなかった悔しさがこみ上げて来て少し泣いた。

タイツはどうしようもなかった。靴を脱いで上がるタイプの塾だったので、タイツを濡らすわけにもいかず、かといって生足になりたくもなく。

とりあえずトイレットペーパーで拭ってみたものの、そんな生ぬるい方法で匂いが収まるわけがなかった。

コソコソと来客用のスリッパを手に入れてそれを履いてなんとかしようと自習室に戻ったものの、自分の足元からはやっぱりあの匂いが上がってくる。

もはや、隣のブースで勉強している人も不審に思うレベルの強烈な匂い。

わたしは、10分もしないうちにその日の勉強を諦めて帰途についた。

一番悲しいのは、その時隣に座っていたイケメンの秀才(模試の塾内順位がいつも1位か2位)とは、その少し前にあったひょんな事から軽い挨拶を交わす仲になっていたのに、その日を境に目も合わせてくれなくなったことだ。

絶対に足が臭いと思われた。

だから本当にカメムシは嫌いだ。

 

ついでだから、カメムシについて少し懐かしい話をする。

中学生の頃、明らからにわたしのことを好きな男の子がいて、よく2人で話をした。

ある日わたしの前の席に座って溜息をついたので、どうしたのか聞くと、

「親父とはしばらく話もしたくない、同じ空間に居たくないんだ」というので何があったのか聞くと、

話はこう。その男の子の家は、わたしの実家よりさらに山奥にあるので、(どこのうちもそうなんだけれども)亀虫が湧くと言っていた。

ある日の朝、お父さんがお味噌汁を飲む瞬間、そのお味噌汁めがけて亀虫が飛んで来たらしい。しかも2匹。

しかしお父さんはそれに気づかず味噌汁を飲み干した。

その日からお父さんの口からはものすごい亀虫臭がして、家族中がお父さんを隔離状態だったらしい。

 

その話で、その男の子を少し好きになったんだけど、結局何もなかった。

 

カメムシにもいろんな思い出があるけれど、いつだってカメムシは敵だ。

 

 

ps

昨日のひよっこ宮本信子、さいこうでしたね?

みね子が、嘘をついた時の、鈴子さんの表情だけでの演技は本当に痺れました。

 

東京タワーと夢

昨日、LINEで彼氏と次のデートの予定を立てていて、ハイキングコースなどを調べていたら寝落ちしてしまった。

 

正確には、布団の上に座っていたのが、なんだかだんだん横になってしまって、なんだかだんだん布団に吸い込まれてしまって、そのまま目を閉じてしまったということなんだけれど、それを寝落ちというんだろう。

 

夢の中で、私は、前職の時毎日のように乗っていたタクシーの中にいた。

隣に先輩がいて、舌打ちしながらどこかにしきりに電話していた。

外は完全に終電後の夜中で、会社から私が住んでいた街に向かう国道1号線は、同じように残業や飲み会を終えて帰宅を急ぐタクシーばかりが走っていた。

ふと、後ろを振り返ると、高層マンションやビル郡の奥に、小さく光る東京タワーが一瞬だけ見えて、すぐ消えた。

何車線もある広い国道をビュンビュンとばしていたタクシーは、いつのまにか脇道に逸れていて、隣にいた先輩は、別の先輩になっていて、しきりにコーヒーの美味しさについて語っていた。

私は愛想笑いをしながら、どこに向かっているのか不安になった。

そういえば、お財布は持ってきたっけ、と不安になってカバンを開くと(このカバンは先月誕生日プレゼントでもらったものだった。意識の混在)財布の中には1500ぽっちしかなく、焦ってメーターを見たところで夢は途切れた。

 

目覚めが大変悪い夢だった。

財布がない、お金がない、という夢をよく見る。

昔は、ものすごく高いところ(たとえば雲の上や、下の見えない崖など)から落ちる夢を見たけれど最近見ない。

どちらにしろ、ネットでいくつかの夢占いを見て見ても、いい意味の夢ではなかったので、見なかったことにする。

 

でも、高層マンションやビル郡の中に見えた東京タワーは綺麗だった。

よく、残業していて終電を逃したあと、近くの大きい駅まで1号線沿いを歩いていて、ほんの2〜3メートルの間だけ東京タワーの頭が見えるポイントがあって、とても好きだった。ああ、わたし東京で頑張ってるなぁって、陶酔気味に思ったりした。

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今の中学生くらいの子が、将来地方から東京に上京してきたら、スカイツリーをそう言う風に見るのだろうか。

お留守番

今日は両親が温泉旅行に行っているので、お留守番だった。

 

することがないので、暑中見舞いを書く。

住所録を筆まめに移行したので、めっちゃ楽だ。

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裏も、年賀状は、一枚一枚ハンコを押していてだいぶ手間だったので、今回はPC(デジタル!)で作った。

既成のものは使ったら負けだと思っている。

 

前職でだいぶイラレやフォトショをマスターしたのに、我が家にはWindowsに入った花子フォトレタッチしかなかったので、やっぱり手間どったけど。

 

ちなみにだけど、私はレイヤーを細かく分けて編集するのがめっちゃ好きだ。デジタル。

 

一人一人に手書きのメッセージをかくとき、年賀状では「あけましておめでとう」から入れるけれど、暑中見舞いはこれと言ってそういう入りの決め台詞がない。

だいたい、元気ですか?になってしまうのだけど、この世の中、自信満々に「元気です!」って答えられる若者っているんですかね、と思いながら、私は元気です、と書く。

ハガキとはそういうものだと心得たり。

 

ハガキを書くとき、書ける分量というのはあらかた決まっているので、いかにシンプルに、伝えたいことをまとめて、さらにテンポの良い文章にするかがハガキのセンスを決めるポイントですねー

 

そんなことはどうでもいいんだけれど、ひとりひとりに想いを馳せながら書いていたら、あっという間に日が暮れた。

今日は暑かったのか涼しかったのかも分からないまま、一年で一番日の長い日が終わってしまった。

なんだか少し、損した気分。

梅雨明けはまだ先だから、暑中見舞いもまだ出せないし、どうせなら散歩にでも出ればよかったな。

 

何年か前、何回かデートした男の子から連絡が来ていた。連絡がしつこくて通知をミュートにしていたからしばらく気づかなかった。

仙台に転勤になったらしい。

多分会わないけど、奢ってくれたフレンチトーストは美味しかったな。

 

梅雨は気持ちまで湿っぽくなっちゃうから、玉置浩二の田園を聴きながらお風呂に入る

 

田園

田園

  • 玉置 浩二
  • ロック
  • ¥250



 

妹との約束

一昨日、妹が帰省してきた。

 

妹は東京で大学に通っている。

同じ高校から同じくらいのレベルの私立大学に入ったけれど、わたしとは割と反対。

真面目で友達が少なく、はしゃぐのも嫌い、お酒も嫌い。人といると疲れるらしい。

学生時代、遊ぶことと、ゼミでのディベートや本を読むことに時間を費やしたわたし(社会学部)とは違い、経済学部に通う妹は、遊ぶ時間もないほど資格取得の勉強、語学などの座学に時間を割いている。

東京の大学に進学したいと言ったはいいが、人ごみが嫌いで、23区外で生活を完結させている。

一番近く、大きい駅は立川駅だけれど、そこにすら行くのが億劫で、家族へのプレゼントなどはすべてネット通販で送られてくる。

嬉しいけれど、印字の「お誕生日おめでとう」はなかなか苦笑いものだ。

 

そんな妹はいわゆる腐女子で、彼氏どころか恋も一度も経験したことがないらしい。

地方女子校出身者というのは、多少の差はあれ男性慣れしていないものだけれど、それでも21年生きてきて多少さえ色めき立たないのは、もう他人からは手出しできぬ何かがあるのだと思う。

まだ妹は21歳だから、これからいろんな経験をしていけば、好きな人や彼氏がほしいという願望や、結婚願望が出てきたりするのかもしれないけれど、今のところそれらはゼロに等しい。

願望がゼロに等しいということは、きっとそれが叶うことは、さらに遠いところにあるのだろう。

 

私たちの両親は、色々他の生き方は認めてはいるものの「結婚こそ最上の幸せ」と信じているし、「結婚できなかったらかわいそう」と結婚したいとも思っていない人に向かって平気で言ってしまう人たちで、もちろん妹は、今から「結婚できなかったらどうしよう、どこからかお見合い相手を引っ張ってこなくては」などと心配されている。

それは、両親たちなりに妹の幸せを願っているのだけれど、どう考えても前述のような妹に、今から結婚を焦らせるのは可哀想すぎる。

もっといろんな人生があっていいはずで、妹はもっと自由に人生を想像していいはずだ。

現に、妹は自分の足でしっかり歩めるような資格を取ろうと必死に勉強しているのだ。

なのに、親があまりに結婚圧力をかけるせいで「結婚しなきゃ女として失格なのかな」とか言い出す始末。そんなわけないやろうが。アホか。

 

あまりに見ていられなくて、親に「そんなに今から結婚結婚言わなくてもいいんじゃない?何がそんなに心配なの?今はいろんな生き方があるし、1人で生きていて幸せな人だっているんだよ?」的なことを言った。

親の理屈は、

「結局は老後、誰も面倒を見てくれなくなるのよ。老いた自分を守ってくれるのは自分の子供よ。」とのこと。

実際のところ、わたしの母親は同居している自分の両親とは不仲だけれども、結局最期は面倒を見ざるを得ないだろうし、私も妹もいずれ可能な限り親の面倒を見るのだろう。

その心配の仕方はわかる。けれど、この先、子供を産んだからと言ってその子に面倒を見てもらえるとも限らないし、現に子供がいても孤独死する老人たちをたくさん見てきた。

けれど結局は、それは一部の話であって、やはり子供は産んでおいたほうがいい、と親は思うだろう。

ならば、言いくるめようか、と考えた。

 

そして、わたしは思いつきで口にしてしまった。

「わかった、そんなに妹の老後が心配なら、妹が結婚しなかったら、わたしの子供に妹の面倒を見させる。妹には、面倒を見れる資産と、わたしの子が納得できる財産を残してもらう。」

この提案に、妹が飛びついた。

「おねえちゃん大好き!よろしく!財産は稼ぐ!まかせて!」

結婚しない気満々だな。

 

まず、親の心配を私も妹もクリアするには私が2人以上の子供を産まなければならない。わたしが子供を産めない身体ならばそこでオジャンだ。

さらに、私の子供は、短期的か長期的かわからないけれど、老人の妹に縛られることになるだろう。それを、わたしは自分の子に強いることは、結局母がしていたことと変わらないのではないか。

そもそも、さっき書いたように、子供が必ず親や親戚の面倒を見る社会じゃなくなってきている。

親の論理の上で親を納得させるための半ば方便だし、懸念点は尽きないけれども、なんだか親の妹への結婚圧力は弱まった。

 

多分、私が妹に、もっと自由に人生を生きてほしいと思う思いが、少しは親に伝わったのだと信じたい。

 

私の子供が、私や妹の老後の面倒を見てくれることはあまり期待しない方がよいのだろうけど、いろんな可能性を考えながら、私も妹も自由に人生を生きていけたら一番ハッピーなのだ、と生意気ながら思う。

そして、自分の面倒を誰か(病院や施設も含め)に見てもらえるくらいのお金と信頼は貯めておかなくては。と思う。

 

それから、おそらく順番通りに行けば、祖父母を看取り、両親を看取るわけだけど、その中で、私も妹もゆっくり考えて行ければいいな。

 

 

西原理恵子「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」

 

女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと

女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと

 

 私の母が「毎日かあさん」のファンだった影響で、私も1巻からずっと「毎日かあさん」を読んできた。

 

西原理恵子のことに関して、好き嫌いが分かれるとは思うけれど、私はどちらかというと好きな方だ。

白黒はっきり、したい事をして自由に生きて伸び伸びと笑っているから。

先日、欲望に忠実な女の子が好き、と書いたけれど、西原理恵子を見ていて、欲望に忠実なおばさんも、まあ悪くないなと思う。

あまり近くにいたら(例えば家族とか)、色々複雑なんだろうけれど、遠くから見てるぶんには大変気持ちが良くて好きだ。

 

さて、この「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」は、これまでの西原理恵子の発言をまとめて、自身の経験に落とし込んでより説得力を持たせている本だな、という感想。

それに、反抗期真っ只中で、なかなか伝えたいことが伝わらない娘に、自分の言葉を残そうという気持ちも見える。

 

まず年表を作っただけでも西原理恵子の人生は挫折と失敗だらけだ。

 

美大を受験するはずの日に、DV夫だった父が自殺し、

美大を目指す予備校ではビリからのスタート、

エロ本のカット描きをしながらパブで働き、

結婚した旦那はアル中で、

子供を守るために必死で離婚して。

 

だから強くなれたんだし、強い言葉を残せる、どん底にいる人も救える言葉を持ってるんだと思う。

うちの母も、弟の子育てに1人で悩んで悩んで、辛いピークが終わっても、これで良かったのか、これから大丈夫なのか不安で不安で仕方がなかったけれど、毎日かあさんを読んで救われた1人。そういう人がきっと日本中にいるはず。

それだけで、少し西原理恵子のことはすでに好き。

言葉に力がある人だ。

 

たとえば。

昔は、殴られる女が「我慢強い」「よう辛抱した」って褒められたんです。

 

でも人生は、我慢比べじゃないからね。「あんたのために我慢してる」なんて言われたら子どもは、何にも言えなくなるし、本当はうんと悲しい。

 

ひたすら「我慢すればいい」っていうのは、次の一手を打つことを、はなっから諦めてしまうこと。考えるのを投げ出してしまうこと。

 

西原理恵子にしか言えないことがある。たまたま彼女が背負ったことが多く、重すぎて、もしくはそれを発信する力が強すぎて、そしてアドバイスがデーンとしすぎていて、なかなか自分に落とし込めないことがある。

でもそれは、ソクラテス夏目漱石と一緒で(この例が合っているのか分からない)自分に落とし込む作業こそが、その人と私との関係性なのだと思っている。

西原理恵子と私の関係性。

私は、西原理恵子の息子よりも8歳くらい上だけど、まあ、どっちかというと西原理恵子の子供の立場で彼女の言葉を受け取ってしまう。

 

今回も、娘の気持ちで読む。

自由ってね、有料なんですよ。

そしてもし将来あなたに子供が産まれたら、責任も有料です。お金がなかったら、子どもは育てられません。

自分で働いて、お金を稼ぐっていうのは、そうやって、ひとつひとつ、自由を勝ち取っていくことなんだと思います。

 

糟糠の妻にはならないこと。

彼の夢を支えるんじゃなくて、自分の夢を叶えてください。

 

大事なのは、自分の幸せを人任せにしないこと。

そのためには、ちゃんと自分で稼げるようになること。

 

ダイヤモンドをくれる男より、一緒にリヤカーひいてくれる男がいい。

しょぼい一日を、ふたりで笑い話にできるなら怖いもんなし。

転んだ時の受け身がうまい人なら、もう言うことなし。

これは、どれも自分が親からもらえなかったけれど、本当はこう言って欲しかったから、わたしに響く言葉なんだろうな、と思う。

私は、そうやって救われた、西原理恵子の娘の1人なのだ。

 

でも実際は、辛い経験を何度も乗り越えてきた母なんて重い。

その経験をしてない自分は、いつまでも母にはかないそうになくて、でも反論したいことはきっと山ほどある。

それはそうだけど、でも!と言いたい。

母なんて、親なんて、きっとそういうもので、その葛藤の中から自分の答えを見つけていく作業が必要な時がある。

それも親と子の関係性の一つなのかな、と思っている。

 

なんか感情的になってきたので、このへんで。

 

 

ベロベロになって狂ったように踊り続けたい

お酒が好きです。

 

ビールも焼酎も日本酒も好き。

昼から飲むビールと餃子は人類の到達点だし、浅草のホッピー通りで15時からモツ煮食べながらホッピー飲むのはサイコーだし、日本酒のラインナップが好みの居酒屋はだいたい料理の味も好き。

 

割と下戸な彼氏をベロベロにしてぐーすか寝てるのを観察するのが好き。

 失恋した時の深酔いほど気持ちよく涙を流させてくれるものはないと信じてる。

 めっちゃ働いた後、上司にお疲れって言われながら浴びるお酒は、全身の疲れを流してくれる(これは精神的な問題なのだ)

 

いろんなことと共にあるお酒というのは、本当に人生を豊かにしてくれている。と思う。

本当に味が美味しいお酒も好きだし、大衆居酒屋の安い韓国焼酎を薄めたサワーも好きだ。ウーロンハイは嫌い。

時々記憶がぶっ飛ぶけれど、それも含めて豊かになっていると思う。思いたい。

 

でもたまに、1人でいて、何もない時、たまらなくお酒が飲みたくなる時がある。

そういうとき、缶ビール一本でも飲み始めるととまらなくなって、1人でベロベロになるまで飲み続けてしまって、気づいたら気絶するように寝ているのだけど、本当にその時間は、なんだか空虚だとおもう。

次の日にはどうせ割とどうでもよくなるようなチマチマした悩みを悶々と繰り返し自問自答しながらアルコールを血中に流し込んでいるだけで、全然楽しくもおかしくもない。

毎回やめようと思うのに、2、3ヶ月にいっぺんはそんな日が来る。

 

だから最近は、アメトーークの録画とかをつけるようにしてる。

どうせベロベロになるまで飲むなら、チマチマ悩むよりもゲラゲラ笑いながらベロベロになりたい。

だいたいの悩みは、悩んでも悩まなくてもなるようにしかならん、と死んだひいおばあちゃんが言ってたもんね。

 

 

 

ウーロンハイは嫌いだけど、モーモールルギャバンのこれは好き。

これを聴きながらベロベロで飛び跳ねて踊り狂っていたわたしが、まだどこかにいる

 

最近はめっきり大人しいんですけどね

 

彼氏とのデートと、吉田大八「美しい星」

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唐突ですが、私は仙台生まれ仙台育ちの両親に育てられた仙台生まれ仙台育ちで、高校まで地元の公立校で育って生粋の仙台っ子ラーメンなわけで。

一方私の彼氏は、人生のほとんどを埼玉で過ごし、中高と有名私立の付属校に通い、そのままエスカレーターで東京の私大に入った微妙にシティー派な輩なわけで。

東京の大学で出会うまで、私たちは全く別の生活圏にいたわけです。

それが、まあなんやかんやで付き合うことになって、そして彼氏は就職先での配属が、偶然にもわたしの地元仙台だったという嘘みたいな本当の話があります。

 

さて、昨日はその彼氏と「美しい星」を観にフォーラム仙台へ行きました。

 フォーラム仙台 / チネ・ラヴィータ

ここは高校生の頃、テスト期間の午後などに、しょっちゅうよく分からない洋画などを観ていたところ。1人で映画館に来るのを覚えたところであり、映画を映画館で観る楽しさを覚えたところでもあり。

特に40席くらいしかない、一番小さいシアターが好きで、作品じゃなくて上映シアターで観るのを選んだこともあった。

訪れるのはたぶん高校三年生の秋以来。

懐かしい〜〜と言っていると、彼氏が「俺ここ来たことあるよ、いいよね」と。

昔好きだった場所に、知らぬうちに好きな人が訪ねていて、そのひともいいな、と思ってくれるって、なんか良いな。

 

ああ、テスト終わりで映画もほとんど見ずにシアター内で寝ていた高校生のわたしに教えてあげたい!

あなた7年後、彼氏とここにデートしに来るんですよ!

ポップコーン食べるのにガサゴソしちゃう彼氏にチッとなりながら、ここで映画を観るんですよーと!

(そしたら当時の私は、「25歳の私、仙台いるのかよ!東京でキャリアウーマンになるはずでは?!」となったと思うし、そうならなかった経緯について説明するとめっちゃ長くなるからめんどくさいんだけど。)

 

その夜、 別の駅に移りお酒を飲むことになったのだけど、特に行きたいところが思い浮かばずフラフラ歩いていた時に、たまたま通りかかった居酒屋を見て彼氏が「ここは?」と言った。

そこは私が小学生くらいの時に家族でよく来ていた居酒屋だった。

月1くらいのペースで外食していた私たち家族。(5人家族です)

お酒は飲まないけれど、唐揚げだとか、温玉シーザーサラダとか、アヒージョとか、カルパッチョとか、各々の好きなものを適度な量、好きに頼めて、しかも安くて、どれも美味しいというこの居酒屋が好きだった。

 

そして、炙り鰹(ポン酢とガーリックチップをつけて食べるやつ)をたべて彼氏が「ここ、いいな、おいしい」と言ったのが、映画館の件ともリンクしてめっちゃ嬉しかった。

 

ああ、ここの温玉シーザーサラダが大好きだった10歳の私よ!

15年後、あなたは彼氏とデートでこの店に来るんですよ。あなたが好きな温玉シーザーサラダを一緒に食べるんですよ!!!

(それを聞いた10歳の私は「25歳までには彼氏できるんだ!よかったーー!」となるはず。めっちゃアホ。)

 

…この感動伝わります?伝わらない気しかしない。

わたしは、彼氏が怪訝になるほどご機嫌で飲み過ぎて、危うく終バスで乗り過ごすところでした。

 

 

さて、肝心の「美しい星」ですが、

めっちゃよかったです。

監督の吉田大八は、「桐島、部活やめるってよ」でめちゃくちゃ感動して、大学時代になんとなく見た「クヒオ大佐」や「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」を見返し、本人に会いたくて「紙の月」のエキストラをしました。

「桐島」ファンの私は、再び監督の撮る、ひどく美しく、憂いを身体中に纏ったみたいな橋本愛が観れたことだけでも嬉しかったです…

あと、カメラマンはやっぱり近藤龍人さんなんだな!と思ったし、録音の矢野さんは桐島でも紙の月でも同じだった気がする…監督が音にこだわってるの、わかります。

詳しい感想を言うのは苦手なので、この辺にします。

もう一回言うけどめっちゃよかったです。

 

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温玉シーザーサラダだいすき…