ピンクとキラキラ

25歳女が日々思う、分かりきったこと

少しずつ

こんにちは。

先日3月2日はすごい暴風だったけど、彼氏と付き合って三年目の記念日だったのでデートをしてきた。

と言っても、夕方まではわたしの引越しに当たって家電を買い揃えに家電屋さんデート。

冷蔵庫や洗濯機を買い(この日の私は冴えていて、およそ30分で冷蔵庫・洗濯機・オーブンレンジ・テレビを次々と決断して行ったんだけど、どれもベストチョイスだった)

ホワイトデーにテレビを買って貰う約束をしていたので、1万7千円の中古テレビ32型は彼氏に買ってもらった。

 

バレンタインはわたしが冷凍の作り置きおかずを大量に作ってあげたのだけど、私たちのバレンタイン・ホワイトデーの贈り物は年々実用寄りになってきている。

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この私が作った冷凍食品たちは本当に美味しい。まあそんなことはどうでもいいんですが…

 

家電屋デートの後、街に出て、新居で使う器の下見に雑貨屋をまわった。

私も彼氏も大学では陶芸部員だったので、陶器を見ているだけで時間が潰せてしまう。

私たちは二人とも、食べることも好きだから、二人の食事をイメージしながら器を選ぶ。これはこういう料理に使えそうだね、綺麗な色だね、ここのカーブがきれいだね、などと話しながら器をみる。

結局1枚も買わずに2時間弱陶器を物色していたけど、そういう時間がすごく好きだ。

 

 そのあとは、私が希望した、ちょっと良い居酒屋にご飯を食べに。

会社か何かの大人数の飲み会が行われていて、そんなに広くない店内は想像よりガヤガヤしていたけど、希望通り一面ガラス張りの窓の近くの席に通してもらえたし、何より出てくる料理が全て美味しかったので全然オッケーだった。

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馬刺しがうまい…日本酒もうまい。

記念日なので少し思い出話なんかもしながら、美味しいね〜〜ってご飯を食べて、お酒を飲んで、ちょっと良い気分になっちゃったりして、すごく平和な時間だった。

 

ひと通りお腹いっぱいになったところで、少し静かなところに行きたいな〜と思ったのと(まだ大人数の宴会は続いていた)、実は彼氏より酒の強い私は少し飲み足りなかったので、近くの気になっていたショットバーへ行くことにした。

 

白ヒゲを蓄えたスマートなマスターと、落ち着いた雰囲気のおばさまがカウンターに立っていた。夫婦なのか雰囲気が似ている。

静かなジャズが流れ、漆塗りのような深い色のカウンターがつやつやと輝いていた。お客は私たちしかいなかったので遠慮なくカウンターに座った。

一杯目から私は、好きなギムレットを頼み、彼氏は少し甘めでアルコール控えめのカクテルを頼んだ。

ギムレットという言葉は「錐(きり)」という意味らしく、オシャレだけど可愛くないカクテルだな…と思いながらも飲み干す。

良い感じで酔いが回ってきたので、次はウィスキーをロックでお願いすると、珍しく彼氏もウィスキーロックを頼む。

「珍しいね」と言うと「そう?たまに飲むよ」と言った。

3年付き合っても知らない面というのはあるし、次々に生まれていく。

今まで好きになった人は、心の裏も表も、耳の後ろの匂いも足の裏の形状も、昔の女も小さい頃おねしょをしていた時期も全て知りたいと思っていたけど、不思議と今の彼氏にそういう思いは抱かない。

知らないことがどんなにあっても、今私に見せてくれている彼を安心して愛せる。それは多分彼を信頼しているからなんだろうと思う。

 

お会計をして、席を立とうとすると、彼が何やらモゾモゾ言いながら小さい箱をカウンターに置いた。

開けてみて、と言われリボンをほどく、箱を開ける。

ほんとは箱を置かれた時から何となく中身は気づいていたんだけど、まさかこのタイミングで(お会計後!)くると思わず、混乱して、手が震え、そして箱を開けた時のダイヤの輝きに涙腺がやられてしまった。

彼が「結婚してください」と言う時には既に号泣していた。

 

ということで…

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婚約しました〜〜〜〜!!!!!

 

今年に入ってまだ3ヶ月経ってないけど、試験に受かり、転職が決まり、引越しが決まり、そして婚約…と変化の3ヶ月でした…めまぐるしい…

なんだか現実感がなくて、帰り道に10回くらい、「ほんとうにケッコンするの?」と聞いた。彼は毎回苦笑いして「しようよ」と言っていて、ああこの人と結婚するんだな〜〜と何となく幸せな気持ちになったりした。

 

とりあえずゼクシィを買ったら、こんなことが自分の身に起こるなんて想像できず、毎日現実と夢の狭間にいるみたいな毎日だ。

 

とりあえず、お互い親に報告し、どちらも喜んでくれたので良かった。

 

また何かあったら報告させてください…

 

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Boom!

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自分ごとのウェディングソングは違って聴こえるな…
 

 

この半年間の話。

ご無沙汰しております。それか初めまして。

 

昨年の春くらいから書き始めたこのブログを8月半ばくらいでやめてしまっていた。

理由は単純で、文章を書くということは私にとって少しエネルギーを使うことだったので。余裕がある時に書こう、と思っていたらどんどん余裕がなくなってしまって、ついに半年くらいの時間が経ってしまった。

 

待ってくれてる人はいないかもしれないけど、もともと自分のために始めたブログだったし、また自分のためにポツポツと始められたらなと思う。

 

半年前の話から始める。少し長くなるかもしれないけど聞いてくれたら嬉しいな。

半年前、資格試験、はっきり言うと行政書士という資格取得のための勉強をしていた。

11月12日の試験まで3ヶ月を切ったとき、つまりこのブログの最後の更新をした頃、模試の点数が全然合格基準点に足りていなかった。全然ダメってわけではないけど、確実に落ちるくらいダメ。

私はどうしても今年の試験で一発合格をしたかった。

とにかく前に進みたかった。

自分の努力不足で二の足を踏むわけにはいかなかった。

仕事も量を少しセーブしてもらい、大学受験以来のガリ勉をした。

朝起きてまず勉強し、寝る前にも勉強をした。だいたい4〜6時間くらい、毎日勉強した。

何回やっても知識が定着しないヘナチョコな脳みそが、ビジー状態で爆発しそうだった。

と言っても、たまに寝坊してしまったり、我慢出来ずにお酒を飲んでしまったりしたから、死ぬ気で頑張ったとは言えないかもしれない。

でも、試験が終わったあと、少し泣いてしまうくらいは頑張った。

 

今まで自分に甘々で生きてきたから、自分にプレッシャーをかけるのに慣れていなくてとても辛かった。

彼氏とも会えないし、なんなら少し気持ちもすれ違ってしまっていて、全然気持ちがだめだった。

ずっと家の中にいて同じ人とばかり接している閉塞感に気が狂いそうだった。

試験が終わって改めて振り返ると、そんなふうに辛さを微分できるんだけど、ガリ勉している時は、何がどう辛いのかも分からなくて、ただ漠然とした辛さが背中にのしかかっていた気がする。

ただ、ガリ勉をしている時でも辛さに負けないように自分をちょいちょい甘やかしたりしていて、缶ビールを夜中にこっそり飲んだし、コンビニでこれでもかとアイスやお菓子を買ってお手軽に豪遊気分を味わったし、爪を真っ赤に塗ったりした。

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こっそり飲んだ缶ビール 

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コンビニで買って食べた、夜のアイス

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試験前日に真っ赤に塗った爪

 

そうやって乗り越えた試験を終え、コンビニでペットボトルのお茶を選びながらふと、結果がわかる1月末まで、何をしようかな、と思った時。

すぐに、転職活動をしよう、と思った。

試験に受かっても受かってなくても、外で働こう。

私は自分に甘いので、自分が辛い状況にいてその理由もわかっているのに抜け出さない選択肢はなかった。

 

外で働くこと。

実家を出ること。

そして外から実家を支えることが、自分を犠牲にせずにできる精一杯の親孝行だという私の結論だ。

美味しい蕎麦と日本酒を嗜みながら、穏やかに両親と話し合い、何とか了承を得た。

けど親に「実家にいることが辛い」なんてとてもじゃないけど言えなかった。いくつになっても嘘ばかり並べる娘で申し訳ない。

 

さて。

就職活動の前に、彼氏と台湾旅行に行った。

台北と、南端の墾丁というリゾート地へ行ったんだけど、本当に台湾は最高だった。

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美味しいものを食べ、口に合わないものを食べてしまって笑い、中国語に首をひねり、言葉の通じない異国人の優しさに感動し、少し喧嘩もして、存分に2人でいる時間を楽しんだ。

 

台湾旅行の少し前、

彼氏に「デパートに指輪を見に行こう」と言われたんだけど、 よく分からなくてクリスマスプレゼントだよねって言ったらそういうことになってしまった。

でもデパートで見たのは確実に婚約指輪で、少しドキドキした。

もう少し先になるのかな。

私は、あまりジュエリーに詳しくないのですが、京都発の「俄-NIWAKA-」というジュエリーブランドが、コンセプトやデザインがめちゃくちゃ好みだということをたまたま知っていたので、彼氏に「婚約指輪を買うときはここにしてね」と言っておいた。

俄 NIWAKA | 京都のジュエラー ハイジュエリー ジュエリー

多分サプライズとかはできない人だから、買う前に私に確認するとは思うんだけど。

 

最近、いろんな理由で婚約指輪はいらないという人も周りに増えていて、指輪ではないものを代わりに買ったりしているけど、私はやっぱり指輪が欲しい。

指輪って、私は着けるととても安心する。一本だけ、指を囲ってもらっていると、お守りみたいに心が落ち着く。私にとって彼氏は多分そういう人だから。

そういう気持ちで一緒にいることを覚えていたいから、指輪が欲しい。

 

話がずれました。結局クリスマスには、自分好みのファッションリングを自分で選んで、プレゼントしてもらった。

とても気に入っていて、デートによくつけていく。

これで充分なのかもしれないな、なんて思うけれど、やっぱり婚約指輪は欲しい。

 

そして年末が来た頃、転職サイトに幾つか登録した。

自分がどういう環境でどういう仕事がしたいのか、将来どう働いて行くのか、全然わかんないなりに考えた。

将来のことというのは、基本的にケセラセラの気持ちで生きてきたけれど、真剣に考えていれば「あ〜こうなりたいかもな、じゃあこうしたほうがいいのかな、やってみようかな」というのが出てくるもので、だんだん行きたい会社というのが出てくるようになった。

年明けくらいの頃だ。

 

初めてリクルートスーツ以外のスーツを買い、何社か面接に行き、3社に内定をもらった。

最後に受けたのが第一希望の会社だったのだけど、受ける段階ではまだ第二希望と迷う部分があって、内定を頂いてから考えようと思っていた。

最終面接の後5分ほど待たされ、帰ってきた統括部長に「じゃあ内定出します」と言われた。

「一回持ち帰って考えてもいいけど、どうする?」と聞かれて3秒迷った。

でも、白髪交じりでベリーショートの、声の通る、自分に自信があって明るくてかっこいい女性の部長だったから、その場で内定承諾書に目を通しサインをした。

私の人生はやはりどこか衝動的で、そういう自分の人生の決め方が好きだ。

もちろん、いつも良い方に転んでいる訳ではないんだけど。

 

そしてその内定と同時くらいに、資格試験の結果が出た。

自己採点ではギリギリ。合格点に届いているかどうか微妙なラインだった。(記述問題が複数あり、その点数は読めない)

 

7年前、第一志望の大学の合格発表がフラッシュバックした。

自動音声に電話をかけるタイプの合格発表で、「残念ながら...」という電子的な女性の声が、脳みその中にこだまするのを今も思い出す。

布団の中で午前中いっぱい、たくさん泣いて、昼にご飯をたくさん食べた。そして親に第二志望の大学に入学することを話した。

その大学で今の彼氏と出会い、多くの友人や先生に恵まれ、この大学に入って良かったと思いながら卒業を迎えた。

 

よし、大丈夫。と思いながら、ネットを開いた。

合格者受験番号の中に、私の番号があった。

 

いつも私は、目標の少し下にしか到達できないのかと思っていた。

受験も、就活も、目標を掴める努力ができないことを、「努力が下手だ」という言い訳で(でも実際下手だと思う)、誤魔化していた。

今回、私は目標を掴めた。それは自分にとって、努力できたという大きな自信になったと思う。

人から見て努力しているとか、

自分で自分を努力していると評する時にいう努力も、勿論努力であることに変わりはないんだけど。

ただ、目標を達成した時に得る「努力」の感触は、そのどれよりも確かではないかと思う。

わたしは努力の確かな感触を感じた。

 

でもやっぱり努力は下手だと思うけど、努力な下手な人間なりに努力とうまく付き合って行きたい。

 

最近は1人で暮らす部屋探しをしていた。

とてもいい部屋に決めたのだけど、彼氏の家から徒歩1分くらいのところになってしまった。

「今からコーヒー淹れるんだけど飲みに来ない?」という口実で家に呼べてしまうな。

 

部屋探しのオタクなので、次の記事は部屋探しについて素人の私が語る記事にします。

 

では、ご静聴ありがとうございました。

またボチボチ書いていけたらと思います。

 

今回の受験勉強でずっと聞いていた曲

 

HALFWAY

HALFWAY

大学受験の時にずっと聞いていた曲

 

トラウマと言うには足りぬ話

8月も下旬にさしかかって思うことは、8月が全然8月っぽくなかった。

こんなこと8月に言ったら、「わたしらしいって何?!どんな私でも私は私だよ!」とか言いそうー。なんちゃって。

 

つまり、仙台、ずっと寒いままでした。

暑い〜って全然言わなかった。

やる気が出ないのを暑さのせいにできなかった。

その代わり、じめっとしていて、なんだかやる気が出なかったけど。

来月は、残暑がすごいのだろうか…

野菜とか、良いものが出回らない上に高騰しそうだなぁ、大丈夫かなぁ、農家の皆さんご苦労様です、

 

そういえば。

低気圧のせいかわかんないんだけど、ここのところあんまり気分の良くない夢を見る。

 

こないだは、東京OL時代にとてもお世話になった先輩(よく怒鳴られていた)が出て来て、何かわからないけどずっと怒鳴られていて、どんどん辛くなっていく夢だった。

優しくない先輩 - ピンクとキラキラ

まぁ、夢から覚めたら大したことないんだけど。

こういう夢をたまに見る。

 

前の記事(仕事を辞めた話 - ピンクとキラキラ)で書いた事は嘘じゃないし、本当に先輩のことを尊敬していたし、今後もずっと忘れられない先輩だと思うんだけど。

そして、仕事を辞めると決めたのは、その仕事が嫌になったからとか、先輩が嫌になったからではないんだけど。

 

でも、どっかで、どんどん疲弊している自分がいたのだと、今では素直に認められる。

夜中3時に怒鳴られること、

24時間以上起き続けることを前提にしたスケジュール、

自分の体を後回しにすること、

無茶苦茶な予算ぐり、

専門的な知識を経験で詰め込まなければならないこと、

莫大な大事なことがどんどん流れていってしまう会議も、

 

疲れていたんだなと思う。

 

一年目の時に、取引先から120万円でもらった見積もりを、60万円に値切れと言われた。

人件費、機材費、ハコ代、どう考えても半額じゃ採算がとれないことは自明だった。

今後もそこに仕事を回すこと、今回もなるべく最小限のエネルギーしか使わないことを約束してなんとか55万-85万にまで、交渉のベースをもっていった。

こちらは60万に持っていくために、50万からスタートしている。向こうは、最初の値切れて100万、から85万まで下げてくれているのだ。

向こうの営業も、わたしも半泣きで、「ここがうちでも限界」と「こちらも頑張るからもう少し下げてくれ」の応酬を何度もして、最終的に税込80万でなんとか、と言われ、もはや限界を感じて上司に相談した。めちゃくちゃ怒鳴られた。

60万っつったらそれ以上はありえねぇんだよ、この予算で20万のプラスどうにかなると思ってんのか。甘い交渉してんじゃねえぞ。

と言われた。

いったん自分で予算書を見直して

「ここと、ここと、ここを削ってどうにか10万捻出して、あと10万は全体的に細々削るとかでどうにか…」と改めて相談すると、色々ダメ出しはされたけどどうにか最低目標利益率ギリギリのラインを守れそうなところまで目処がついたのでよかったけれど。

そういうことが、何度かあった。

 

あと、エキストラ会社にエキストラを頼む際、通常¥10000/1day拘束、交通費別、などと会社ごとに最低ラインが決まっている。それをわかって、¥8000/1dayでお願いします、と毎回電話するので、最早迷惑業者並みだった気がする。決まり文句は「今回、予算がない仕事で…」。

予算がない仕事じゃなかったことがない。

もちろん広告の全てがそうじゃない、お金のある仕事はきちんと支払える。わたしの担当する広告が、お金がないものばかりだったのだ。

そこをなんとか…と毎回電話口で頭を下げた。

泣きそうになりながら、先輩に怒鳴られながら相談しつつ、電話口では「お金が厳しくて…そこをなんとか…」って繰り返した。

もっとうまく交渉できたらよかったんだろうか、なんて考えてしまう。

 

そういうことに、疲れていたんだと思う。

辞めるとき、やめた直後は、「私は仕事が辛くて頑張れなくなってやめたんじゃない、自分で別の道を歩むことを決めて辞めるのだ」と思っていた。

社長が「うちを辞めるのなら、頑張れなくて挫けて辞めるのではなく、別な目標を持ってやめてほしい」と言っていたのを聞いて、「そうだな」と思っていた。

確かに私は別な目標を見つけて辞めた。

でもそれが100%かと言われたら違うと、今なら言える。

前は、ただの「辛くて辞めた新人」になりたくなくて、そういう変なプライドがあって、言えなかった。

でも、結局あそこはやっぱり異常なところだったのだから、疲弊して辞めてもなんのプライドも傷つかない。

あの働き方改革から程遠い労働場は、今後もしばらく改善されることはないと思う。諸問題は、クライアント、代理店、制作会社、そして技術スタッフなどたくさんの問題が複雑に絡み合って発生しているから。

ただ、そういう働き方を求める人もいるし、やりがいの搾取を自ら望む人もいる。他をかなぐり捨ててもあの職に就きたいひとがいる。それは自由だけれども。

でも、こういう労働場にいる人は、下の人に「辛いからって辞めるな」とは言っちゃいけない。そりゃ、辛いことの先に素晴らしい世界が待ってることもある。目標を持って進んでいれば、自ずとその先が拓けてくることもある。それは、他人に教えてはもらっても、強要されることじゃないと思う。

 

私は、疲弊して辞めたのだ。

目標を持ってやっていたけど、前が見れなくなった。

次の目標に逃げたのかもしれない。

その目標は、後付けだったかもしれない。

それでも、わたしはあれ以上あそこにいれなかった。

それでいい。

 

 

ながくなってしまった。

 

先輩に怒鳴られる夢を今でもみる。

トラウマみたいで先輩には悪いけど、こんな涼しい8月に背中にどっしり汗をかいて目覚めるくらいには、嫌な思い出だ。

 

ごめんね先輩。

 

 

きのう、彼氏がカズノリイケダのケーキを買ってきてくれていた。

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こんなこと滅多にないので、やましいことでもあるのかと聞くと、

「これ以上痩せられても困るなと思って」

と言われ、全然痩せてないけど食べた。

しゃぶしゃぶをたらふく食ったあとにケーキを食べた。

そして夢も見ずぐっすり寝た。

 

よき。

 

弟とダブルデート…

お盆が終わった。

働きづめだったお盆、終わってみればたったの数日間で、もっと忙しい日々が何ヶ月も続いていた去年を少し思い出す。

 

一昨日は、午後から入院している祖父のところへお見舞いへ。

 お見舞いと喪服 - ピンクとキラキラ

 

今度は首を10センチほど持ち上げられるようになってきていて、いよいよ生命力が本気出してきている感じがした。

笑うし、頷く/首を横に振る、という動作をすることでだいぶ私たちとコミュニケーションを取れていることがわかる。我が祖父ながら、その生命力の強さ、めっちゃ頼もしくてかっこいい、と思った。わたしもその生命力を受け継いでいるといいな。

 

その後、父方のお墓参りへ。

とても山奥の田舎町で、綺麗な青い稲穂が一面に広がっていた。

着くなり叔父が顔を出し「ヘビ出たから気をつけて」と言っていたけど、ここはちゃんと気をつけないと熊もイノシシも平気で出るようなところだ。

墓前でご先祖様には真っ先に、もっと祖父が良くなること、祖母がまだまだ健康でいることをお願いした。

 

その後、帰省していた弟とその彼女と、わたしの彼氏と4人でナイトズーへ行った。弟とダブルデートなど、する日が来るとは思わなかった。

弟の彼女の要望だったので、むげに断れなかったのだ。

 

普段は16:45で閉まる動物園がこの3日間だけ開園時間を21時までに伸ばして、夜行性の動物の行動展示とかを見れるナイトズー、楽しかった。

わたしは死ぬほど象が好き。久々の実物で胸のときめきがおさまらなかった。

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楽しかった。楽しかったけど。

弟が彼女の腰に手を回したり、動物そっちのけで目を見つめあって話す姿というのは、何というか、自然なことなのかも知れないけれど、姉としてとても複雑な気持ちになり、そっと離れた。

 象と白熊を見て、フランクフルトを食べられただけでだいぶ満足したので、爬虫類館はスルーして、一応は同じタイミングで回ってはいたものの、私たちをよそにイチャイチャする弟たちを置いて動物園を出た。

まぁ、若いうちはあんなもんか…とも思いつつ、さすがにデレすぎな弟をすこし引いた目で見てしまった。ダブルデート、辛かった、もうしない。

 

彼氏とわたしは、もともと決めていた東南アジア料理屋へ。

生春巻きを食べて、弟のせいでざわついた心を落ち着かせた。

青菜の炒め物も、鶏の唐揚げチリソースがけも、めちゃくちゃ美味しかった。

 

もともと、池袋にあるベトナム料理屋がお互い好きで、ベトナム料理が恋しくてその店にしたのだけど、料理のラインナップがまた違くて、良かった。

美味しいものを食べると、心が整う。

忙しくしたあとって、体は落ち着いているのに、どうしても心がささくれだっていて、開放感を言い訳に何だか悪態をついてしまうことがあるけど。

でもそのときは、なんだか彼氏の、年齢よりも落ち着いた穏やかな顔と、インドネシアのビールと、にんにくたっぷりの炒め物と、鶏の唐揚げとスイートチリソースの絶妙なマッチングで、何だかとても心が落ち着いてきて、弟のことも、なんとなくまぁまだ可愛らしいかな位には思えるようになった。

 

恋愛中、盛り上がっていると周りが見えなくなってしまうことは往々にしてあると思うけど、やはり一定の冷静さって必要だな。わたしも付き合いたての頃は、割と人前でもイチャイチャしてしまっていたかも…と反省。

 

2人だけの世界も良いのだけど、2人の付き合いが社会性を帯びれば帯びるほど、「入って行きづらい雰囲気」は何かと疎まれるし、それは回り回って自分たちがやりづらくなってしまう。

場をわきまえること、それが大人の対応かと思う。弟はまだまだ子供のよう。

姉は心の中で「ちゃんとしろー!」と思いながら暖かく見守ります。

 

そういえば、彼氏に、以前書いた記事の、「一気に恋に落ちた瞬間」のところを読ませたら、嬉しそうに「ふーん」と言っていてとても良かった。

瞬間の幸せ - ピンクとキラキラ

 ほろ酔いで、2人手を繋いで街を歩くだけで、疲れが流れ出していくみたいだった。

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 次は、来週末の地域のお祭りに行く約束をした。

花火のリベンジ。晴れると良いな。

 

明日晴れるかな

明日晴れるかな

 

 

銭湯に行きたいネ

唐突なんですが、仙台には昔ながらの銭湯はすごく少ない。

 

昔ながらの銭湯にふらっと行けるところが、東京の好きなところの1つだった。

 

仙台に多い、便利なスーパー銭湯もいいけれど、車でしか行けないし(お酒が飲めない!)、やっぱり番台で460円払って暖簾をくぐりたい。

おばあちゃん達の世間話に耳を傾けたい。フルーツ牛乳飲みながら、NHKの再放送とか見たい。

券売機や休憩所もいいけれど、帰りのコンビニで買ったビールを飲みながら家に帰って、そのままベッドに倒れこみたい。

 

そんな欲が爆発しそうなお盆です。

 

東京OL時代(前職の時を、こう呼ぶことにしました)に、よく行っていたのは、

品川区中延 「松の湯」と、

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大田区南雪谷「明神湯」。

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ふたつとも、家が近かったというのが大きな理由なんだけども、どちらもしっかり、昔の銭湯な感じを残していてくれて、めっちゃよかった。

 

松の湯は、何と言っても天然温泉、そして露天風呂。サウナもあった。

それまで、サウナってあまり長く入ることはしたことなかったのだけど、あるとき、とても健康そうなお姉さま(60代くらい)に「水風呂と交互に入ると良いよ!」と教えてもらって実践したらめちゃくちゃ気持ちよかったので、その後よくやった。

その後(少し休憩した後)に入る露天風呂も、めちゃくちゃ気持ちよかった。ただ外にある風呂なんじゃなくて、庭園みたいな作りになっているのがまた良い。雪の日などはここが都会の真ん中品川区(のはじっこ)なことを忘れそうだった。

これが駅から徒歩5分にあるの、最高だなと思った。東京ならでは。

 あと、ここの好きなところは、日曜日には午前10時から入れること。

よく、土曜日に休日出勤して、朝方帰ってきて、そのまま着替えだけ持って、日曜日の朝一番でここへ来た。せいいっぱいドロドロになるまで働いた後の大きいお風呂、最高に気持ちいい。

 そして、常連のお姉さま達(50〜70代)と一緒に「噂の東京マガジン」を見ながら、ポカリをゴクゴク飲む。

日曜日が正午にして完璧になる瞬間。

 

一方の明神湯は、まず門構えが最高。

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入ると下駄箱から男女分かれていて、靴を脱いで暖簾をくぐると脱衣所の間の高いところに番台があるのが!これぞ!って感じだ。

脱衣所にはなぜか金魚の水槽があって、なんだか癒された。

古いドライヤーチェア?みたいなものがあったり、ほんとに昭和からのものを大事に使っているのが分かる。

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これです。

背景画も素敵だ。手練れらしきお姉さま()達もたくさんいらっしゃって、ドキドキする。熱めのお湯がまた良い。

ここはよく彼氏と行ったのだけど、番台のおばあちゃんが、ちゃんと男女のペアを覚えててくれる。

冬に行った時、彼氏が出ようとしたら、わたしがまだ髪を乾かしているのを見て、彼氏に「まだお姉ちゃん乾かしてるから、中で待ってたほうがいいよ。」と彼氏に教えてくれた。もちろんわたしもそれが聞こえていて、なんだか、そういうのにキュンと来てしまった。

 ちなみに、古いドライヤーチェアはチャレンジしたけど、使い方がいまいちわからず、頭をぶつけまくった。それもまた楽しい。

帰りにビールのロング缶を買って、一本を彼氏と交互に飲みながら20分くらい散歩して歩くのも楽しかった。

 

ほかにも学生時代に行った銭湯とか、どこもそれぞれの良さがあって、東京から失われてほしくないものの中でかなり上位だ。

 

と、スイカの匂いのバスソルトを入れた風呂に浸かりながらこれを書いている。

 

時に、今日のひよっこは本当に単純に泣けた…

豊子と澄子が、この物語のひとつの合言葉である「頑張ってればいいことがある」を分かりやすく表現してくれたのもそうだし(最後の問題のドラマチックさにはやられてしまった)、

豊子の、「勉強がしたかったのに仕方なく働きに出てきた」ところから「得意な勉強で家族を助け、友人に幸せをもたらす」へという成長を見守ってきた私たちに、カメラ目線で、喜びに満ちた顔で、「澄子、ハワイ行くど!」はズルイ!

はぁ…相変わらず最高です。

 

スイカの匂いに飽きてきたのでこの辺で。

 

明日も仕事頑張るぞー

DUB湯

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今を生きたいネ

昨日、記事の閲覧数が一気に上がってしまい、びびって更新できなかった…

 

昨日は割とあったかくて、少し元気を取り戻した。

 

夜、学生の時にめっちゃ好きだった人にメッタメタに振られる夢を見た。

それでもわたしはヘラヘラ笑っていて、寝ても覚めても自分が情けない。

それでも昨日より今日が元気というのは幸せなことだ。

 

明後日、昔自分の部屋だったところに弟の友人が泊まりにくるので片付けろと言われて、上京する前に色々突っ込んだままのものを引っ張り出した。

 

昔に読んでいた漫画、恥ずかしい。

 

 

Get love!! 1―フィールドの王子さま (フラワーコミックス)

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素晴らしい世界 (1) (サンデーGXコミックス)

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砂時計(1) (フラワーコミックス)
 

 

 全部、ブックオフ行き。

1円にでもなればいい方だ。

 

服とかも、埃をかぶって残っていた。

象が大好きな私に、塾の先生がくれたド派手な象柄のセーター。茶色地に黄色の象が編まれている。

無くしたと思っていた白いワンピースもあった(黄ばんでた)。

高校の時に母からもらったマフラー。

セーターとワンピースはゴミ袋に突っ込んだ。マフラーは可愛かったのでまた使おう。

 

中学の時に使っていたデジカメも出て来た。

電源が入らなかったので、中のフラッシュメモリ(!)を取り出してパソコンで中身を確認する。

なんか懐かしいものが入ってはいないかと思ったけど、中はまっさらだった。

 

安物のコンパクトデジカメで空ばかり撮っていたことしか覚えてない、と思ったら、少しばかり現像した写真が出て来た。

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クソつまらんかったので、空のフラッシュメモリと一緒に捨てた。

 

昔に友達からもらった手紙やら、友達に出そうと思って出せなかった手紙やらがわんさか出て来た。

こういうのは出て来てほしくなかった…

文字も文体も書いてる内容も恥ずかしい。

好きな人のことが、好きで好きで仕方ないことを、言葉を尽くして友達に伝えたいけど、語彙がないので少女漫画や恋愛小説で聞きかじった言葉を並べたみたいな手紙になっている。

10年前の自分、頭悪そう。

今描いている手紙やブログも10年後には恥ずかしくなっているのかしらん。

それは成長したってことになるのかしらん。だとしたら、まぁいいんだけど。

 

高校卒業した時に、袴をはいて写真館で撮ってもらった写真も出て来て、全然かわいくなくて笑った。受験太りで顔も体もパンパンで、目も当てられない。

でも、まぁそれも成長ということで。

手紙は改めて整理したいのでとりあえずとっておく。

 

大学生まで、私は本当に物が捨てられない人だった。

思い出のものは、ちょっとしたものでもいつまでも持っておきたくて、捨てられない。

ちょっと壊れても、何かに使えるかもってとっておくので、ゴミみたいなものが詰まってる缶箱が何個もあった。布の切れ端とか、インクの切れたボールペンとか、何かのバッテリーの蓋とか。そんなのばっかり。

趣味が合わなくて気なくなった服も、読まなくなった本も捨てられない。だからどんどん持ち物が多くなっていく。

 

6畳二間に暮らしてた頃、人間関係や自意識のなかで悩んでいた時に、モノがやたら多いというのがいけないんじゃないか?と思って一気に捨てた。

「これはまだ捨てなくてもいいでしょ」というボーダーラインをすこしあげたらどんどん捨てるものが出て来た。

服も本もしこたま売ったのに、合わせて1万円にもならなかったけど、とてもスッキリした。

思い出のものは、どうしても捨てられない卒アルとかは実家に送り返して、中学生以前の手紙とかは全部捨てた。

それでも、細々した趣味が多かったのもあって、スッキリとした部屋にはならなかった。

悩みは大して解決されなかったし、かといってミニマリストになるほどの覚悟はなかったので、ちょっとした断捨離に終わった。

でも、あれ以来割とものを捨てられるようになった。

 

あれから3年くらい経ってわかることは、

大事な過去は、ものなんか残しておかなくてもきちんと自分の中にあるんだな、ということ。

たまに美化されちゃうけど、たまに、ちょっとくらいなら、まぁ大丈夫ってこと。

今大事だと思ってるものが、5年後10年後も大事かもわからないってこと。

 

先のことなんかわからないけど、昨日より良い今日は、割とある。

今を生きていたいね。

 

今を生きて

今を生きて


今日よりも明日はもっといい日みたいな歌詞の歌があった気がしたけど忘れてしまった。

 

 

寒いから泣きたくなっちゃうネ

仙台は寒い。とても寒い。

どのくらい寒いかというと、夜半袖短パンにタオルケットだけで寝ると次の日風邪ひくぐらいには寒い。

 

東京はあったかそう。

友人達の休みが始まり、バーベキューしたり、花火したり、海外旅行へ行ったり、集まって飲んだりしている投稿がSNSで目立ち始める。

 

昨日の夜中、唐突に友人から電話がかかってきた。向こうは友達3人で家でお泊まり会をしていてとても楽しそう。

電話してくれて、私のこと思い出してくれて、とても嬉しかった。

でも、おしゃべりしたいのに、繁忙期の仕事と、その後の勉強でヘロヘロなこともあって、頭が回らなくて何も口から出てこない。

おんなじような質問を何度もしてしまったり、黙り込んでしまったり、電話の向こう側の出来事に全然関心が持てなくて、泣きそうになった。

いま、私にとって東京はとても遠い国みたいなのだ。

 

こんな寒い田舎で、全然人と喋らずに過ごして、どんどんつまんない人間になって行く気がして、たまらなく悲しいな、と思ったらさらに何も言えなくなった。

そうしていたら友達に「つまんねぇな」と言われ、その通りだと思った。

別に最初から自分のことを面白い人間だと思ったことなんてないけれど、一度だけでも、私のことを「面白い」って言ってくれた人に、「つまんねぇ」と言われるのは、自分の変化(どちらかというと悪い意味)を感じてるからこそ辛かった。

 

私が客観的に面白いつまんないは、他人が決めることで、どうしようもない。その評価にたまらなく傷ついてしまうのは、私が、今の私に自信を持てないからだ。

基本的に超ポジティブ人間の私がこんなに暗い気持ちでいることを、田舎のせいにするのも、仕事を辞めたせいにするのも、家族のせいにするのも、彼氏のせいにするのも簡単だけど、とりあえず今は気温のせいにしておく。

仙台が寒いのが悪い。

早くあったかくなれ。

 

そういえば、暗い気持ちでいる時にAmazonで注文していたこれが届いた。

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読んだ。めちゃくちゃ愛おしかった。

何かへの愛ゆえに金を使い、貯金を崩し、生活費を削る女達が。

そんな風に夢中になれるものに、私はまだ出会ったことがない。 

 

感想を見ていると「使ってる金額が中途半端」「もっと狂ってる人いるよ」というものが多いけど、これはそういう「スゴイ人」を見るために読むものじゃないと私は思った。「こんなにお金をかけてる私スゴイ愛があるでしょ」ではない。

 

私は昔、「鳥類」と「は虫類」の図鑑がとても好きだったのだけれど、それを見る感覚に近かった。「愛でる」という感覚。

好きなものを語る(その一種のバロメーターとして登場するお金)女達ってすごく可愛い。

心の赴くままに何かを愛してる女って、すごく愛おしい。

お金という理性が絡むものを使用するにもかかわらず、ブレーキはすでに壊れていて(直した人もいた)、ゾクゾクする。

それは突飛なものでなく、どちらかというと平均的な「浪費」だからこそそれの奥に広がりを感じて、「図鑑」になっている。

私はこれからも、たまに開いて彼女達を愛でるんだろうと思う。

 

 

 

明日は少しあったかくなるといいな。

 

お嫁においで

お嫁においで

蒼い星くず

蒼い星くず

暗い気分の時に、元気を出したい時は、とりあえず加山雄三あたりから始めよう。